宇宙航空人材育成プログラム 将来の有人宇宙活動を支える宇宙医学人材養成プログラムの創出

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【2024年2月19-25日】宇宙医学実習@ヒューストンの実施

2024年2月19日(月)~25日(日)にアメリカ合衆国テキサス州ヒューストンJohnson Space Center周辺において、京都大学宇宙ユニットから宇宙医学実習を行い、宇宙医学に関心のある学生5名が参加しました。

<主な実習内容>

  • NASA研究者4名による講演
  • NASA研究者に向けたプレゼンテーション(学生発表)
  • 伊藤恵梨さん(フライトサージャン候補生)との交流
  • Space Center Houstonの見学
  • Lone Starフライトミュージアムの見学

【NASA研究者4名による講演】

本実習では、共同参画機関である岐阜医療科学大学の田中先生の旧知の研究者であるBrandon Macias博士を始め、Johnson Space Centerで研究を行っている4名の現役研究者から、最新の宇宙医学研究の知見を紹介していただきました。

◆ Brandon Macias博士(Overview)

Brandon Macias博士は、以前に田中先生がNASA Ames Research Centerで研究をしていた時に知り合った研究者で、現在はNASA Johnson Space Center内のCardiovascular and Vision LaboratoryでDirectorを務めておられます。同氏の発表では、循環器や視覚に関する内容を中心に、宇宙医学の全体像や、Johnson Space Centerの研究施設に関することを学ぶことができました。
循環器系のリスクは、起立不耐症(Orthostatic Intolerance)や律動不整(Dysrhythmias)などのミッション中のリスクと、心血管疾患(Cardiovascular Disease, CVD)などの長期的なリスクに大別されるとのことでした。CVDに関しては、現在行われている地球低軌道の宇宙活動や、以前の月探査の疫学データでは、寿命リスクの短縮が示されていないとのこと。一方、宇宙飛行中に酸化ストレスや炎症のマーカーが上昇することが明らかになっており、今後の火星探査では問題になる可能性があるとのことでした。また、CVDのリスクは、宇宙環境(放射線や精神ストレスなど)だけでなく、性別、年齢や遺伝的バックグラウンドによる影響も受けるというお話でした。今後、多くの人が宇宙に行くことが想定されるため、リスク評価の個別化が重要だと感じました。

◆ Steve Laurie博士(SANS)

SANSとはSpace Flight-associated Neuro-ocular Syndrome(宇宙飛行に関連する神経眼症候群)の略であり、視神経乳頭の浮腫や眼球の平坦化を特徴とする、宇宙飛行後に生じる眼の異常です。2011年頃に提唱された以前の仮説では、男性のみに生じる、右目に生じやすい、塩分摂取量と関連する、などと考えられていたが、最新の研究では、男性にも女性にも生じる、両目に生じる、食物中の塩分量を減らしてもSANSが持続すると考えられているとのことでした。
また、近年の研究では、遺伝的バックグラウンドや解剖学的な違い(anatomical variability)による個人差があることが明らかになりつつあるとのことでした。そこで、日本人はSANSを発症しやすいですか、と質問してみたところ、まだ日本人の宇宙飛行士のデータは少なく、明らかになっていないとのことでした。今後、日本人についてのデータの拡充が必要だと感じました。

◆ Jason Norcross博士(EVA)

EVAとはExtravehicular Activity(船外活動)のことであり、宇宙探査には欠かせないトピックです。これまでに国際宇宙ステーションでの軌道上のEVAや、アポロ計画での月面におけるEVAが行われてきました。しかし、それらのEVAがすべて順調に行われてきたわけではなく、予定時間までに作業が終わらなかったり、EVA自体が延期されたりすることが多かったそうです。今後のEVAを含めた宇宙探査ミッションでは、それらを見直し、効率的かつ計画的にEVAを企画する必要があると考えられます。
また、宇宙環境でのEVAは、NASAのNBL(Neutral Buoyancy Laboratory)とよばれる巨大プール内で宇宙飛行士がトレーニングを行うことで、実現可能性を高めることができると教えていただきました。

Jason Norcross博士の講演の様子:

◆ Tim Macaulay博士(Sensorimotor)

普段私たちは視覚系や前庭系、体性感覚系からの感覚情報をもとに、その場に応じた適切な運動指令を出力しています。しかし、宇宙環境では、重力が地球上と大きく異なる(国際宇宙ステーションでは微小重力、月面では0.16 G)ため、入力される感覚情報が大きく変化し、運動出力方法も更新する必要があります。宇宙環境に長期間滞在した際には、異なる重力での運動出力に適応した状態となるため、地球帰還後すぐは歩くだけでもふらついてしまいます。この状態を調べるために、宇宙飛行士は帰還後すぐ、目を閉じた状態での歩行や指差し運動などによる検査を行うそうです。この検査の実際の映像をたくさん見せてくださり、イメージが湧いたとともに、思った以上にふらふらな状態の宇宙飛行士をみて、宇宙からの帰還の過酷さを知りました。

発表会後のBrandon博士を囲んで記念撮影:

 

【Space Center Houstonの見学】

Johnson Space Centerの隣にあるSpace Center Houstonには、NASAのミッションや宇宙飛行の歴史に関するさまざまな展示物があります。ここでは、アポロ計画、スペースシャトル時代、そして国際宇宙ステーション(ISS)での現在の活動について学ぶことができました。また、マーキュリー計画、ジェミニ計画、アポロ計画のカプセルやスペースシャトル計画の部品や宇宙食、当時の宇宙船を見ることができ、シミュレーションなどで、宇宙ミッションを管理する様子を体験することもできました。さらに、船外活動訓練に使用されるシミュレーターや機器など、宇宙飛行士が宇宙ミッションに備えるために受ける厳しい訓練を紹介する展示もありました。
過去や現在のミッションに関する展示に加えて、アルテミス計画をはじめとしたNASAの将来的なミッションの計画を紹介する展示もあり、月や火星への有人宇宙探査などNASAが目指すものについても知ることができました。その展示は、日本とは比べ物にならないくらい大規模で、没入感があり惹きつけるものがありました。
また、Space Center Houstonでは、館内での展示に加えてトラムツアーというツアーを実施しています。このツアーに参加すると、普段は入ることができないJohnson Space Center内の様々な施設を見学することが可能です。ツアーは3種類あり、それぞれ宇宙飛行士訓練施設、George W.S. Abbey Rocket Park、旧ミッションコントロールセンターを見学できます。本実習ではすべてに参加することができました。下記にそれぞれのトラムツアーの概要を記載します。

◆ 宇宙飛行士訓練施設

米国実験棟(Destiny)の他、日本実験棟(JEM)等のモックアップが見学できました。ほぼ全ての実験棟が揃えられており、日本では決して体感することのできない「国際宇宙ステーション」としての規模を知ることができました。また、展示の説明文で「JEMの役割」として語られていたのは、数ある分野の中でも宇宙医学、生物学のみであり、当該分野に対する米国からの熱い信頼を感じとれました。

◆ George W.S. Abbey Rocket Park

アポロ計画の月飛行全てで使用された、直径約10 m、全高約110 mを誇る超大型液体燃料ロケットSaturn Vの実物を見学できました。各アポロ計画の概要を記述した説明文がSaturn Vを格納する倉庫を覆い尽くすように展示されており、米国の宇宙開発の壮大さを実感させられました。
アポロ13号のモニュメントの説明文には、”remarkable success”という表現が見られた。米国宇宙開発の発展の源泉は、想定外の結果に価値を見出して「成功」と断言できるような価値観にあるのだろうと感じさせられました。

◆ 旧ミッションコントロールセンター

ジェミニ計画やアポロ計画を導いた旧ミッションコントロールセンター(管制室)を見学できました。使用されていない施設をガラス越しに観察する形ではなく、当時のフライトディレクターであるGene Kranz氏のナレーションとともに、アポロ11号着陸当時の室内の音声とモニター画面が流れました。月面着陸前後の的確な指示と応答が繰り広げられ、人類史上最大の偉業を成し遂げようとする者が背負う責任と覚悟を体感することができました。

ミッションコントロールセンターの様子:

 

【伊藤恵梨さん(フライトサージャン候補生)との交流】

フライトサージャン候補生の伊藤恵梨さんとの交流は、壁一面に歴代の宇宙飛行士の写真やポスターが飾られている素敵なイタリアンのお店で行われました。伊藤さんは初対面でありながらも壁を感じさせない、非常に明るくて親しみを覚える方でした。
今回の交流では、伊藤さんが医師になったきっかけやフライトサージャン候補生になるまでの軌跡、フライトサージャンが実際どのような仕事をしているかについてお話を聞かせていただきました。それによると、伊藤さんは整形外科医で、バスケットボール日本代表のチームドクターをしたことがあるとのことでした。伊藤さんの人柄と、臨床だけでなく特殊な経験をしていることが、フライトサージャン候補生に選出された要因であると感じました。
また、フライトサージャンは宇宙飛行士の健康管理をする重要な仕事だが、リハビリはリハビリ専門のトレーナーの指示で行われている他、宇宙飛行士の車での送迎やスケジュール管理などマネージャー要素が強く、私たちが想像するような仕事はあまりしていないとおっしゃっていました。加えて、フライトサージャンになるためには自衛隊で授業を受けなければならないなど、これまで知らなかったことをたくさん教えていただきました。私がフライトサージャンに憧れがあると伝えると、国際宇宙ステーションがもうすぐ運用を終了する予定であることからJAXAが今後もフライトサージャンを必要とするのかよくわからないとおっしゃっていたが、どこにそのチャンスが待っているかわからないし、何が自分の目標に繋がるか分からないのでとにかく色々な方面にアンテナを張って、チャレンジしてみることが大切だとアドバイスしてくださいました。伊藤先生のアドバイスを心に刻んで、たとえ自分の目標に関係のないことのように思えても果敢に挑戦していきたいと思いました。

伊藤さん(右から3人目)を囲んで記念撮影:


 

【Lone Starフライトミュージアムの見学】

Lone Starフライトミュージアムには国内外のたくさんの戦闘機や、宇宙に関する展示がありました。私の祖父は戦闘機が好きで、木や3Dプリンターで部品を作って小さな戦闘機のモデルを作っています。祖父の家で見たことのある戦闘機が幾つか展示されていて、見ていてとても楽しかったです。その他にも、パイロットとして知っておく必要のある気候、気圧、温度、風などに関する説明と、実際に触れてそれぞれの効果を体感できる模型が置かれていました。
宇宙に関する展示としては、探査車のコンセプトや、Centaurと名付けられているヒューマノイドロボットの展示がありました。また、スペースシャトルの乗組員が実際に使っていたシミュレーターも展示されており、宇宙に関する展示も充実していました。