微小重力
筋骨格系
ISS(国際宇宙ステーション)の微小重力環境に人体が適応すると、筋力の低下と骨密度の低下が急速に生じます。下腿や体幹でとくに大きな低下が見られます。また、遅筋の速筋化が進むことが分かっています。重力への再適応を行う場合に、このような人体の変化は問題です。現在ではトレッドミル、エルゴメータ、筋力トレーニング装置を用いた1日2時間、週6回の運動により筋力・骨密度の低下はほとんど抑えることができています。しかし、貴重なクルータイム(宇宙滞在中の宇宙飛行士の時間)を大量に消費することや、運動による宇宙飛行士への負担から、トレーニングをより効率化することが望まれています。また、ISSに搭載している運動機器は大型であるため、より小型の機器で運動を実施できるようにすることが目指されています。
循環系・体液シフト
起立時において、地上では重力によって体液が足の方向に引っ張られています。微小重力環境下では重力が働かないため、体液が頭の方向に多く流れ込みます。この現象は、宇宙空間に行ったばかりの宇宙飛行士の写真において、ムーンフェイス(顔がむくむ)・バードレッグ(足が細くなる)という形で観察することができます。体液シフトは宇宙滞在初期における頭痛や鼻づまりなどの不調の原因になります。徐々に体液量が減少することで微小重力環境への適応が起こり、これらの不調は解消されていきます。
しかし、体液量が減少したまま地球に帰還すると、脳血流が保てないことによる意識の喪失が生じます。現在は帰還の直前に大量の水を飲んだり、下半身を陰圧にする装置を用いたりすることで対策を行っています。
また、体液シフトは後述するSANSとの関連も示唆されています。
感覚器・VIIP・宇宙酔い
宇宙酔いは、宇宙滞在初期に吐き気や嘔吐、頭痛などの体調不良を感じる現象です。原因は解明されていませんが、前庭系からの情報が消失することにより、前庭系からの情報と、目からの情報および深部感覚の情報が一致しなくなることにより混乱が生じるためである、という説が有力な仮説として挙げられています。数日間で自然に解消します。飛行士にとっては不快な現象ですが、宇宙滞在を6か月間行う、ISS長期滞在ミッションでは、数日間の体調不良が生じても影響が小さいためそれほど問題視されていません。しかし、今後短期での宇宙旅行が行われるようになると、宇宙酔いは旅行の質を大きく損なうものとなることが予測されるため対策が必要です。
帰還後には地球酔いが生じます。筋力の低下が改善された現在において、帰還直後の宇宙飛行士が直ちに独立して歩行することができない大きな原因は前庭系にあるといわれています。微小重力環境に適応した前庭系は重力の刺激を処理できなくなります。そのため、帰還直後の宇宙飛行士は、動くたびに目が回って気持ち悪くなったり、実際は少し頭が傾いただけなのにでんぐり返りしてしまいそうな恐怖を感じたりといった体験をします。前庭系に対する宇宙リハビリテーションはまだ確立されていません。地上ではサポートスタッフが待機しているため対応が可能ですが、6か月の微小重力環境曝露後に1/3G環境で活動する必要がある、火星探査における重力への再適応においては大きな課題となります。
SANS(space flight-associated neuro-ocular syndrome)は宇宙滞在によって眼に生じる異常の総称です。宇宙滞在により乳頭浮腫や眼球後部の平坦化、それに伴う遠視化などが生じます。体液シフトや脳の上方移動等との関連が議論されていますが、原因は不明であり、研究が行われています。